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まよ日が記かく

移住後もゆるふわの維持は可能か

前回のブログで、「ゆるふわ」状態の選択する意味などを考察したが、実はそれを考えたきっかけは、地方への移住関連で「ゆるふわ層」という表現を目にしたからだった。

地方移住を検討するも、今すぐに移住を計画していない層を指して「ゆるふわ層」という表現していた。これまで、移住への想いはあれど行動には至っていない状態を表した言葉だ。

現在、全国各地でそんなゆるふわ層が、具体的に移住に踏み出すためのきっかけづくりとして、お試し移住体験イベントなどが多く開かれている。まよひが企画で運営しているゲストハウス松本亭一農舎も、元をたどれば、移住体験イベントで宿泊できるような民家っぽい場所がないっていうのが事の発端だった。(なんだかんだで、移住だけの施策に使うには無理があるかもって話して、ゲストハウスに落ち着いたけど)。

しかしながら、ゆるふわであることの利点も感じている僕としては、ゆるふわ層の中には意図的に、選択肢を狭めないために、あえてゆるふわを維持している人たちが存在していると考えている。しかもそれなりの量いると。

地方へ移住するという選択によって、今後の未来が固定化、自由度が減ることをネガティヴにとらえ、あえてふわっとした「決めない状態」を維持する戦略的ゆるふわ層だ。ここではゆるふわで「いたい派」と呼称しよう。

そんないたい派は、ゆるふわな想いから一歩進んだ先が地方移住なのかというと、当の本人たちは「ゆるふわ状態の維持」を望んでいるわけだけら、ちょっと求めてるものとの違いを感じる。

むしろ重要になってくるのは、移住してもゆるふわで在り続けられるかどうかではないだろうか?

移住を実際にした僕の結論から言うと、ゆるふわの維持は可能だ。なぜなら、ゆるふわ状態は気持ちのもちようだからだ。例えば移住したとしてもそこを「終のすみか」と考えるか、「期限を決めず住んでいるだけ」と捉えるかは、同じ状態でもだいぶ違う。僕は常に後者の気持ちを持って住んでいる。

でも、欲しいのは他者理解。理解あるデリカシー

ただ、個人単位でそうは思えても、移住先の人間関係の中ではそういきがたいことがある。心のゆるふわは自身で決めない事を維持できるのだが、移住先に住んでいる住民たちは、何を決めているか知りたがるからだ。「まだ決めたくない気持ち」と「何を決めたか知りたい気持ち」このミスマッチこそが、ゆるふわに居心地悪い空気を生み出す。

聞かれたくない気持ちに踏み込まないことが、移住先の集団には求められてくる。

何を選択したいのかではなく、まだ選択を決定していないこと、今は決めたくないこと、何度でも選択し直したい事を理解し、あえて深く聞かないことが、ゆるふわを居心地悪くしないポイントなのかと思う。気の利いたデリカシーこそが、口には出さないゆるふわの願いだと僕は捉えている。

僕は地域になんて言っていたか

最後に、僕もゆるふわでいたい派だと自身を思っているが、そんな僕は朝日町に住んでいながら何と言ってゆるふわを貫いたか話そう。

僕は地域振興の研究を試したく、それを買ってくださる所に尽くすのが仕事なので、チームと契約した野球選手みたいなもんである(助っ人外人っていうのが一番理解してもらえた)。

なので、打てない選手だと思われたら切られるし、そうたらまた受け入れてくれるチームを探して何処かに行くという生活をしています。なので、選手としてチームのために頑張るし、どんなに頑張っても別チームに行くこともあるんだ。と話している。

仕事としての移住だからこそ言える言葉だけど、でも、自分の立場を話すことで積み上げた関係だからこそ、今もなお、地域おこし協力隊として入った朝日町とはこうして仕事をさせてもらえている。

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