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まよ日が記かく

ゆる・ふわに含まれた柔らかな自己否定を突破する

前略、ふわっとした考えですが

「ちょっとふわっとした考えなのですが・・・」

自分の考えを述べる前に、そんな前置きをする人にしばし出会う。全然いいよ〜と言って話を聞くものの、僕は今までふわっとした話を否定したことも拒絶したことも過去にない。とするならば、、どこか本人の中に「ふわっと」した考えを持つことに後ろめたさを感じているのだろう。

※または過去の他者からの否定が自分の納得いく価値観になってしまっているか。

僕なりにこの前置きは、あんまり詳しく質問されても特にその先の根拠や具体性は曖昧だから失望しないでねっていう一種の予防線なのだと考察する。

乏しい現実味を否定されないためのクッションのように使われる「ゆるふわ」。しかもそれは、相手の発言の返答に対してではなく、自己発信の際に先行して使われているので、自分の考えを自己肯定できてない状態のあらわれで、柔らかな自己否定になってしまっている。

しかし僕は、ゆるふわな思想で在ること、ゆるふわを基軸に行動することは、それなりに良いことだと思っている。

ボードゲームで考える、ゆるふわ戦術の2つの利点

まよひが企画では地域おこしにおいて、運・戦略性・コミュニケーションを大事にながら地域振興を考える研修として市販のゲームを使った「ボードゲーム研修」を行っている。目標達成のために様々な要素(自分で操れないモノも含む)を加味しながら考える事で、課題の解決を体験・共有できるからだ。

そんなボードゲームにおいて、ちょっとした方向性は持ってるけど具体性はまだ詳細に詰めていない「ふるふわ」は戦術的にはそこそこ有効なのである。

1つは、運の要素で目まぐるしく戦況が変わる環境においてはすぐに決めない事はとても重要なことである。情勢を見極められるポディションに自分を置いておくことで、最良の手を選択できる可能性があるからだ。

2つめ、ゆるふわは「敵意を感じさせない」雰囲気をもっているため率先して排除はされず、不要な衝突を防ぐことができる。何かを決めて進むという事は競争や軋轢を生む可能性があり、不用意にネガティブな相手の感情が向かないようにすることも、状況によっては必要だからだ。

もちろん、ゆるふわのままずっと過ごすとゲームがつまらなくなりやすいので、あくまでプロセスのひとつとしてとる戦術。勝負どころでは転じる必要がある一時的なスタイルだ。

ゲームでは味わえない利点、だからゆるふわで在りたい

そして、達成目標があるボードゲームの中での利点とは別に、ゆるふわという集団のつながりも魅力・利点である。ゆるふわな思想がけして共感を生まない訳では無い。むしろ協働の現場では、決めすぎないからできる協力もあるのだ。以上のことから、ゆるふわな想いには十分な選択の価値をもっていると言える。自信をもって選択すべき在り方なのだ。

なので次のブログでは「ゆるふわ」は完成されたスタイルなのか?ステップアップよりも維持を望んでいるのではないか?とい話をしたいと思う。

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