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まよ日が記かく

12月24日 学び続けられる社会よりも、学びを辞めやすい社会でありたい

どんな人生のステージにいても学び続けることが可能な社会をつくりたいって言う人とこの間一緒に飲んだ。

僕は間違いなく「学ぶ事が好き」な部類の人間で、その結果として雑学会という自主学会まで主宰している。

ただ、学び続ける事が大事だとは思っていないと話した。

なぜなら、学びはその先のやりたい事への手段や。次のアイデアを生み出すための材料だからだ。

では、希望すればすぐに学べる社会は必要か?っていうなら、それは既にある程度できている。動画付きで解説されてるものや、本の読み上げサービスなんかもあって、無料で提供されてるものも多い。

逆に、僕は今の日本の社会は学びを辞める事の方が難しいような気がしてる。

小中学校の教育は途中で投げ出して、別の教育機関に鞍替えは難しいし、高校を途中で辞めて働くのも教育のレールから外れた扱いされやすい。

休学制度も、選択肢の1つとは思いつつも、何処か学生の肩書きに依存してしまってる気さえする。

極端に言ってしまえば、なかなか進まない世代交代なんかも、上下どちらの世代も学ぶ(一方は教える)姿勢を奨励したまま膠着してしまってるからだと思ってる。

必要な時に誰でも心は学徒になれる環境が既にある。だからこそ年齢に関わらず、誰でも学びに関する肩書きを気軽に捨てて進める社会にもなって欲しい。

欲しいのは、いつでも学びを辞められて実践に移行しやすい社会だ。そしてそれは、学びにいつでも触れられる環境がセットであることでより実現に近くはずである。

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